日本を代表する名司会者として、長年にわたり『徹子の部屋』で活躍されている黒柳徹子さん。
その華やかなキャラクターと独特のトーク力で多くの人々を魅了してきた彼女ですが、実は「英語がペラペラ」という意外な一面があることをご存知でしょうか?
特に注目を集めているのが、1981年にアメリカの伝説的トーク番組「ザ・トゥナイト・ショー」に出演した際の映像です。
ホストのジョニー・カーソンと流暢な英語でやり取りし、ジョークまで飛ばす姿は、多くの視聴者を驚かせました。
今回は、黒柳徹子さんの英語力の秘密と、その背景にある興味深いエピソードをリサーチしてご紹介します!
黒柳徹子が英語ペラペラって本当?

黒柳徹子さんが英語ペラペラというのは本当なのでしょうか?
本物の英語力を証明する貴重な映像
黒柳徹子さんの英語力が注目されたきっかけは、2025年に改めて話題となった1981年の「ザ・トゥナイト・ショー」出演時の映像です。
この動画では、アメリカの国民的司会者ジョニー・カーソンとの英語でのやり取りが収められており、その自然な会話力と堂々とした態度に多くの人が衝撃を受けました。
特に驚くべき点は、日本語を話すときと同じスピードで英語を操っていることです。
通訳を介さず、その場で考え、即座に反応し、時にはユーモアを交えて会話を展開する姿は、まさに「英語ペラペラ」と呼ぶにふさわしいレベルです。
日本語と変わらない「徹子ワールド」
この動画を見た多くの英語学習者や専門家が指摘しているのは、「英語になっても徹子さんのキャラクターがまったく変わらない」という点です。
普通、外国語で話すときは、どうしても控えめになったり、自分らしさが出せなくなったりするものです。
しかし黒柳さんは、英語でも日本語でテレビに出ているときとまったく同じ調子で、相手の話を聞き、質問を返し、場を盛り上げています。
これは単なる語学力だけでなく、コミュニケーション能力の高さと度胸があってこそ実現できることなのです。
長年英語を勉強している人も感動する流暢さ
SNSやブログでは、「長年英語を勉強している者です。徹子さんの英語を初めて聞いて感動しました」「アトランティックな発音に、ジョークも飛ばして、完全に場を支配している」といった声が多数寄せられています。
発音の良さはもちろん、相手の反応を見ながら即座に質問を返すキャッチボール力が、多くの人に評価されているポイントです。
これこそが、本当の意味での「英語ができる」ということなのかもしれません。
黒柳徹子が英語ペラペラ話せる理由
黒柳徹子さんが英語をペラペラ話せる理由はどういうところからなのでしょうか。
調べてみると、次のような理由が明らかになりました、
香蘭女学校での英語教育
黒柳徹子さんの英語の基礎は、学生時代に培われました。
彼女が通っていた香蘭女学校は、キリスト教系のミッション・スクールで、当時から英語教育に力を入れていたことで知られています。
幼い頃から英語に触れる環境があったことが、後の英語力の土台となったと考えられます。
38歳でのニューヨーク留学という挑戦
黒柳徹子さんの英語力を飛躍的に向上させた最大の要因は、1971年、38歳の時に行ったニューヨーク留学です。
38歳のとき、本格的に演劇を学ぶためにニューヨークに渡った。
引用:CREA WEB
当時、すでに日本のテレビ界で確固たる地位を築いていた彼女が、1年間仕事を休んで海外の演劇学校に通ったというのは、非常に勇気のいる決断だったはずです。
留学先では、英語の授業についていけず、先生から「やめた方がいい」と言われたこともあったそうです。
しかし、黒柳さんは諦めることなく、必死に英語を学び続けました。
全く知らない人たちの中で演劇を学ぶという環境が、彼女の英語力を実践的なレベルまで引き上げたのです。
40年に及ぶ国際遠距離恋愛
実は、黒柳徹子さんの英語力を維持・向上させた大きな要因として、40年間も続いた外国人との遠距離恋愛があります。
黒柳は、中居正広(51)から「40年間思いを寄せた方がいたのは本当なんですか?」と聞かれると、「本当です」と回答。相手は30代後半の頃に出会ったフランス人ピアニストで、来日公演で知り合ったという。
引用:日刊スポーツ
相手は30代後半の頃に出会ったフランス人ピアニストで、海外生活がほとんどだったため、会えるのは年に1、2回程度。二人の会話は英語で行われ、FAXでの文通も続いていたといいます。
2012年まで続いたこの遠距離恋愛は、黒柳さんにとって英語を使い続ける必然性がある環境を作り出していました。
愛する人とコミュニケーションを取るために英語を使うという、これ以上ない動機があったのです。
仕事の合間を縫って、時には1泊3日でヨーロッパへ会いに行くこともあったというエピソードからは、彼女の情熱と行動力が伝わってきます。
数々のテレビ番組出演の合間を縫って1泊3日でヨーロッパへ会いに行くこともあったというが「私がこの仕事を続けることを考えると、どこに住むかということが大変ですから」と結婚は断念。
引用:スポニチ
ユニセフ親善大使としての国際活動
1984年から現在まで、黒柳徹子さんはユニセフ親善大使を務めています。
これは日本人としては初めての任命で、アジアからも初めてでした。
黒柳さんがユニセフ親善大使としてアジアから初めて任命された理由として、当時のユニセフ事務局長ジェームスP・グラントは、黒柳さんの子どもへの愛と、障害を持つ人々や環境への広範囲な彼女の活動と実績を挙げています。
引用:UNICEF
親善大使として毎年開発途上国を訪問し、現地の子どもたちと交流する中で、英語は必要不可欠なツールとなりました。
テレビの特集番組で途上国への支援を訴える際にも、国際会議に出席する際にも、英語でのコミュニケーションが求められます。
この活動を40年以上続けていることが、黒柳さんの英語力を現役で保ち続ける大きな理由となっているのです。
語学に対する強い好奇心と努力
幼い頃から好奇心旺盛だった黒柳徹子さん。
留学後も英語力を保つために「辞書を引くことを楽しむ」など、日常的に語学を磨く習慣を持ち続けています。
「学ぶのに年齢は関係ない」という彼女の姿勢は、38歳での留学を決断したことからも明らかです。
この前向きな学習態度と、継続的な努力が、彼女の英語力を支えているのです。
黒柳徹子の語学に関する興味深いエピソード
黒柳徹子さんの語学に関する興味深いエピソードはあるのでしょうか。
調べてみると、とても興味深いエピソードがありました。
アメリカのトークショーでホストを圧倒
1981年の「ザ・トゥナイト・ショー」出演時、黒柳さんはホストのジョニー・カーソンに対して容赦なく質問攻撃を展開しました。
普通、外国のテレビ番組にゲスト出演すると、ホストの質問に答える側になるものです。
しかし黒柳さんは逆に、積極的にホストに質問を投げかけ、場を支配するという驚異的なパフォーマンスを見せました。
「徹子の部屋」での彼女のスタイルがそのまま英語で再現されており、言語が変わっても彼女の本質は変わらないことを証明した瞬間でした。
日本語の美しさが英語の美しさにつながる
ある英語専門家は、黒柳徹子さんの英語について「美しい日本語を話す人の美しい英語」と評しています。
彼女は日本語でも明瞭な発音と丁寧な言葉遣いで知られていますが、その姿勢が英語にも反映されているというのです。
母国語をきちんと話せる人は、外国語も上達しやすいという好例と言えるでしょう。
相手にボールを返すコミュニケーション力
黒柳さんの英語が印象的なのは、自分が話すだけで終わらず、ちゃんと相手にボールを返すところだと指摘されています。
徹子さんの英語が印象的なのは、自分が話すだけで終わらず、ちゃんと相手にボールを返すところ。
引用:note
相手のリアクションを見て、すぐに質問を返したり、相手の言葉に反応したりする姿勢は、語学力以上に大切なコミュニケーションの本質を捉えています。
これは「徹子の部屋」で長年培ってきた「相手の話を引き出す力」が、英語でも発揮されている証拠です。
度胸と準備の両立
黒柳さんの英語力で注目すべきは、完璧を求めず、堂々とコミュニケーションを取る度胸です。
間違いを恐れず、積極的に話す姿勢は、多くの日本人が英語学習で見習うべきポイントです。
一方で、留学や継続的な学習という地道な努力も怠らない。この度胸と準備の両立が、彼女の英語力を支えているのです。
「その場で反応できるセンス」の重要性
ある英語学習者は、黒柳さんの英語について「こういう『その場で反応できるセンス』があるって、語学力以上のものを感じる」と評しています。
文法が完璧かどうかよりも、相手の話を理解し、即座に適切な反応ができることこそが、実用的な語学力の本質なのかもしれません。
まとめ
いかがだったでしょうか。
黒柳徹子さんの英語力は、一朝一夕で身についたものではありません。
香蘭女学校での英語教育という基礎、38歳でのニューヨーク留学という挑戦、40年に及ぶ国際遠距離恋愛という実践、そしてユニセフ親善大使としての国際活動という継続。
これらすべてが積み重なって、今の彼女の英語力が形成されています。
そして何より、学ぶのに年齢は関係ないという姿勢と、間違いを恐れず堂々とコミュニケーションを取る度胸が、彼女の英語力を支えている最大の要因と言えるでしょう。
1981年のアメリカのトーク番組で見せた圧巻のパフォーマンスは、語学力だけでなく、彼女の人間力の高さを証明するものでした。
言語が変わっても「徹子ワールド」は変わらない——その事実が、多くの人々に感動と勇気を与えています。
91歳を超えた今でも現役で活躍し続ける黒柳徹子さんの姿は、私たちに「挑戦に遅すぎることはない」というメッセージを送り続けているのです。
それではありがとうございました。

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